2. 砂上の楼閣 (Dubai)

2014/2/22

「私をスキーに連れてって」は、1980年代後半のスキーバブル時代を象徴するような映画だが、とりわけ最初の数分が良い。オープニングシーンはおそらく金曜日の夜、仕事が終わるのが待ちきれない主人公。家に帰って車の準備、備品も詰め込んで出発というところで主題歌が始まる。ヒロインたちは新宿西口あたりで夜行バスに乗り込む。これから別の世界に行くのだ。

最近は家族スキーで朝に出発することが増えたが、夜に出発するスキー旅行というのは、なんともいえないノスタルジックな感じがある。そして今回、エミレーツ航空の深夜便を使うことになって、思いがけず夜の出発になった。金曜日の夜、早々に仕事を切り上げて帰宅する。映画のように車の準備をするわけではないけれど、自宅でゆっくりと夕食を食べ終え、電車を乗り継いで10時半過ぎに羽田に着いた。宅配カウンターで、送っておいた荷物とスキー板を受け取り、そのままチェックイン。若干混み合っているが時間はたっぷりある。人も少ないターミナル内には、大きな雛飾りがしつらえられている。そういえばもうすぐ雛祭りだ。綺麗なライトアップなども見ながらあたりを散歩して、日付が変わる頃に出国手続を済ませる。そのまま予定通り1時30分の出発であった。

Haneda

エミレーツ航空には初めて乗ったけれど、噂に違わぬ快適な機内である。まずパーソナルモニタの大きさが目を引く。食事も美味しかった。これでJALやANAより遥かに安いのだから、乗り換えで多少時間がかかるとはいえ、人気が出るのも頷ける。そしてまた、深夜便というのは良く眠れるのが良い。数時間熟睡したところで、朝食の雰囲気で目が覚める。快適である。あとは映画でも見ていれば2時間ぐらいで到着だろうか。ディカプリオ版の「グレート・ギャツビー」があったので見てみる。

到着時刻が近づいてきて、窓から外の景色を確認する。とがった岬のようなところと、その両側の海が見えるので、たぶんホルムズ海峡あたりだろうか。そろそろ着陸態勢に入るかと思ったが、なかなか高度が下がらない。それどころか、どうもさっきと同じようなところを飛んでいるように見える。そんなことを繰り返しているうちに、天候不良でドバイ国際空港に着陸できないので、いったん別の空港に降ります、というようなアナウンスがあった。

もともとのスケジュールでは、朝の8時05分にドバイ着。ミュンヘン行きは午後4時30分出発なので、8時間以上の乗り継ぎ時間がある。電車に乗ってSki Dubaiに行っても、まだまだ余裕である。ところが思いがけない遅延で微妙なことになってきた。飛行機が降りたのはドバイの南西方向で、空港名は良く聞き取れなかったが、なんだか閑散としたところだ。ここで給油することになったとかで1時間近く待たされる。いっそのことここで降ろしてくれれば、むしろタクシーでSki Dubaiに向かえるのかもしれないが、そんなわけにもいかない。その後ようやく再離陸して、ドバイ国際空港に着いたのは、4時間半遅れの12時30分だった。

Snow

悩むところである。4時30分の出発まで4時間と行っても、1時間前には戻ってきたい。しかし屋内スキー場の誘惑も捨てがたい。よし、幸い交通機関は市内電車(メトロ)だ。行けるところまで行って、間に合いそうになければ引き返してくれば良い。とりあえず行ってしまえと入国審査の列に並ぶが、いきなりの渋滞である。ゲートを通過してアラブ首長国連邦(UAE)に足を踏み入れたのが午後1時。急いでATMで現金を引き出して、そのまま空港直結のメトロ駅へ。ここからSki Dubai最寄駅の"Mall of the Emirates"まで16駅。30〜40分ぐらいだろうか。落ち着かない気持ちで乗りながらも、初めてのUAEの景色を眺める。ドバイというと、銀色に輝く摩天楼のイメージだったが、予想に反して茶色の印象が強い。やっぱり砂漠の街という感じが如実にしてくる。こういうところに室内スキー場を作ってしまうというのは、月並みだが「砂上の楼閣」という言葉が浮かんできてしまう。とはいえ、そもそもメトロは庶民の乗り物だろうから、本当の金持ちたちが暮らす場所に限れば、やはりきらびやかな雰囲気なのかもしれない。

ちなみに今回、スキー板やブーツも含めた大物荷物は全て預けたままである。事前の調査で、Ski Dubaiでは道具やウェアは全てレンタルできるが、何故か帽子と手袋だけが含まれないという情報を入手していたので、持ち込み手荷物に帽子とスキーグローブを入れておいた。加えて、冬用の上着を兼ねてスキーウェアの上だけを着ていたのだが、もちろんドバイはそんな寒さではないので、たたんで片手に持った状態でのメトロ乗車である。

Ski Dubai

2時ちょっと前に"Mall of the Emirates"に到着。帰りの時間を考えると、2時45分ぐらいのメトロには乗りたい。となると滞在時間は1時間も無いということになる。スキー場は、駅直結のショッピングモールに併設されているはずなので、連絡通路を走って進み、モールのフロアガイドでスキー場を探す。ちなみにこのショッピングモール、中東で第2位の広さだそうで(ちなみに第1位はこの近くにあるThe Dubai Mall)、総面積22万平米というのは、イオンレイクタウン(24.5万平米)と同じくらいである。そんな広大なモールを横断してSki Dubaiの受付まで、モールの中だけも200〜300mを歩かなければならない。そして到着したところは、よくあるモール内のシネマコンプレックスのような風景で、家族連れや若者などがチケットカウンターに並んでいる。上の写真のように、モール内のカフェから丸見えである。料金はロッカー使用料込みで225DH、日本円にすると6000円強ぐらいであるが、砂漠の中というロケーションで、レンタル料も含まれることを考えると、まあ妥当なところか。とはいえこれは時間無制限の料金であり、せっかくこれだけ払って30分かそこらで撤収するのはもったいない。しかし、もう一度来ることを考えたら安いものである。そんなことを考えながら、レンタルの道具を受け取り、面倒なので服はそのまま、上着を着て板を持ってゲレンデに入った。

突然の寒さに驚くのは、20年近く前に行ったSSAWSと同じである。しかしSSAWSと大きく違うのは、ゲレンデが途中で曲がっていて、入口からトップが見えないということである。これは良いアイディアだ。規模としてはSSAWSとそれほど違わないと思うのだが(Ski Dubaiの標高差は60m、SSAWSは80m)、見えない部分があることで広く感じさせることに成功している。さっそくクワッドリフトに乗ってみる。あたりを見渡すと、通常のコースの他に、スノーチューブやジップラインのような遊び道具もあるらしく、モール併設ということとあわせて、とにかくスキー未経験の人たちを盛り上げようというコンセプトが感じられる。さて、ともかくあとは滑るだけだと思ったが、困ったことにリフトが遅い。クワッドではあるが、どうやら固定式らしく、しかも普通のスキー場のペアリフトよりも更に遅い感じである。所要時間が気になる。それでもゲレンデトップに到着すると、今回の旅行の1本目だ、ということで気分が盛り上がってきた。滑るときにも、やはりベースが見えていないのが良く、狭さを感じさせない。斜度はごく普通の中級レベル、10〜20度といったところか。雪質も良いので、気持ちよい大回りでドッグレッグ部分を越え、あっという間に下まで滑りきってしまった。

クワッドリフトの上からJバーリフトが見えていて、そちらでもトップまで行けるようなので、今度はそちらに乗ってみる。すると幸運なことに、こちらの方がだいぶ速い。さっそく2本目に臨む。コースといっても、広い斜面の右を滑るか左を滑るか、あとは中腹にある小屋のどちら側に回りこむかという程度の違いしかないのだが、とにかく隅々まで味わうつもりで、じっくりと滑った。下に着いた時点で、どうにかもう1本は行けそうな時間なので、再度Jバーリフトへ。3本目は、これで最後ということがわかっていたので、じっくりと室内スキー場の景色を見わたしながら、でもやっぱりあっという間に滑り終えて、そのまま出口に向かった。道具を返却し、上着を脱いでモールに戻る。焦っていたせいか、モールの中で道に迷いかけるが、どうにか駅への道を見つけてプラットホームへ。窓から見えるSki Dubaiの姿は、かつて見たSSAWSとやはり似ていた。

Ski Dubai from Metro station

メトロは順調に進み、予定通り3時30分に空港に戻った。幸い出国カウンターは空いていて、すんなり搭乗ロビーに到着。どうやらミュンヘン行きの便が少し遅れているようで、焦ることもなく出発を待っていると、30分遅れで5時過ぎに出発となった。ドバイでは食事をする暇も無かったのでかなり空腹だったが、機内食にありついてどうにか落ち着いた。機内映画は「About Time」を見る(約半年後に日本でも公開された)。ミュンヘン空港到着は午後9時過ぎ。数年前に乗り換えで降りたことはあったが、外に出るのは20年ぶりぐらいか。その後の入国手続やレンタカー貸出も順調に進み、6年ぶりの左ハンドル車に若干緊張しながらも、慎重な運転で空港ビルを出る。この日の宿は、空港近くの小さな町にある"Hotel Neuwirt"というところ。市内中心部へ向かうハイウェイからは離れるため、ちょっと心細い感じの暗い道を行かなければならないが、空港から10kmも離れていないのでそれほど迷う心配も無い。程なく到着してチェックインを済ませる。1泊49€(約7000円)という値段だが、広くて綺麗で快適な部屋である。ネットも繋がるのでメールのチェックをしたりして、12時頃には就寝した。

本日の滑走: リフト3本/総標高差180m

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