3. 画竜点睛を欠く (Kitzbühel)

2014/2/23

山形蔵王スキー場には、ハーネンカムというコースがある。初めて行った頃、それが何を意味するのかわからなかったが、後に世界のスキー場に興味を持つようになって、世界三大クラシックレースの会場の一つの名前を借りたものであり、その本家がオーストリアのキッツビュールということにあると知った。ちなみに残りの二つはラウバーホルン(グリンデルワルト)とカンダハー(ガルミッシュパルテンキルヒェン・ザンクトアントン・シャモニーの持ち回り)であるが、奇しくも私はそのうち二つ(グリンデルワルトとガルミッシュ)を訪問済である。今回のキッツビュール訪問で三大コース制覇となるのならば、なかなか嬉しいではないか。(厳密には、3箇所にあるカンダハーコースを全制覇すべきなのだろうが、堅苦しいことを言ってもしょうがない)

Hotel Neuwirtでは朝6時に目覚めた。ヨーロッパ旅行は時差も楽だし、順調なスタートだ。ホテルの朝食をたらふく食べて、7時半過ぎにチェックアウト。さっそくアウトバーンに乗る。途中、オーストリアとの国境が近くなったところでサービスエリアに寄り、通行料金用のステッカーを購入。8.5€を支払うと、オーストリア国内どこでも10日間走り放題である。もっとも、今日の運転コースでは、国境を越えてすぐのWörglというところで降りてしまい、その後はずっと下道の予定なのだが。ちなみに今回のレンタカーにはカーナビは付いていないので、持参の地図を見ながら慎重に進んでいく。途中、SkiWelt(直訳するとSki World)という身もふたもない名前のスキー場を通るが、その後も何度となくゴンドラ乗り場に遭遇するところを見ると、どうもかなり大きいスキー場らしい。とはいえ、そんなところで寄り道をしている余裕は無いので、そのままキッツビュール(以下Kitzbühelと記す)へ。後でわかったことであるが、このSkiWeltやKitzbühelを含めた10個のスキー場が集まって"Allstar Card"というグループを作っているらしい。Ski Amadeに代表される、こうしたスキー場連携の流行は大変喜ばしいのだが、それにしてもこのネーミングは何とかならないものか。せっかくの連携なのに、単なるリフト券の業務提携という印象になってしまっている。もっと地域を総括するような名称を付ければ、一大スキーリゾートという雰囲気が得られるのに。

Hahnenkammbahn

Kitzbühelが近づいてきたところで、T字路に差し掛かった。左に行くとKitzbühel、右に行くとKirchbergとある。KirchbergもKitzbühelスキー場の麓の町なので、どちらに行ってもいいのだが、やはり中心街に行った方が安心であろうと、左の道を進む。しかし後から思えばこれが最初の失敗であった。程なく到着したKitzbühelの町は、確かに賑わっていて人も車も多い。駐車場を探して右往左往の末、やっと見つけたところは有料駐車場で、一日7€も取られてしまった。それでもめげずに急いで準備をしてゴンドラ乗り場に向かうと、今度はリフト券売り場と乗車口の両方に長蛇の列。ちなみに今日は日曜日ではあるが、昨今の日本のスキー場に慣れた身には、こんなことは全くの想定外であった。こんなことなら町の中心街などに来ないで、もっとマイナーなところから入れば良かったのだ。ともあれ、目の前にはハーネンカムバーンと名づけられたロープウェイが見える(上の写真)。言わずとしれたハーネンカムコースへの登り口である。ここはじっと並んで順番を待ち、やっとロープウェイに乗れたのは11時頃であった。

さて、ロープウェイを降りてそのままハーネンカムコースを滑れば、最初のところに戻ることになる。しかしそれではまた大混雑だ。どうせ混んでいるのは朝だけだろうから、ここを滑るのは帰るときにすれば良い。とりあえずは奥へと進んでいこう。そういうわけで、山頂駅から奥の方に向かうコースを滑り始めた。好天である。Ski Dubaiで滑ったとはいえ、大空の下を滑るのはこの旅で初めてだ。じっくりと雪の感触を味わおう。そのあと最初に乗ったリフトはSteinbergkogelという名前で、なんと8人乗りであった。マップで調べてみると、このスキー場には全部で5基の8人乗りリフトがあるらしい。Steinberkogelを降りて奥の方に滑っていくと、再び8人乗りリフトがあり、それで登った先が、"3S"と名づけられたゴンドラの乗り場である。実はKitzbühelのスキー場全体を見ると、Kitzbühelの街を中心としたメインのエリアと、少し山奥にあるJochbergというエリアとから成っている。以前は両者の連絡は乏しく、わずかにKitzbühel側からJochbergへの連絡コースらしきものがあったものの、逆向きでは連絡バスに乗るしかなかったらしい。当時の状況なら、私としても、これらは2つの異なるスキー場であるとカウントしていたかもしれないが、2005年にこの3Sというゴンドラが完成し、二つのエリアの間の大きな谷をまたいで一気に移動することが可能になったようだ。

3S

3Sの乗り場の標高は1,938mで、メインエリアの最高地点である。ちなみに3SのJochberg側は少し標高が低いらしく、ゴンドラは若干下っていくように見える。上は、左がKitzbühel側から、右がJochberg側から撮った3Sの写真なのだが、間にある谷の大きさがわかっていただけるだろうか。

Jochberg側に到着したら、まずはそのまま一気にJochbergの町まで滑り降りる。これで標高差900m弱である。その後はゴンドラで山に戻り、それからはリフトを乗り継ぎながらJochergの奥へ奥へと向かう。このあたり、レイアウトでいうと、みつまた/かぐら/田代スキー場のような雰囲気で、とにかく滑っては隣のリフトに乗るという繰り返しである。途中、この日3回目の8人乗りリフトを降りたところが、標高2,004mのZweitaussenderというところで、どうやらKitzbühel全体の最高地点らしい。その先もう1本の8人乗りリフトに乗ったところで、かなり開けたところに出てきた。

Jochberg

この先にもリフト2本とゴンドラ1本分のコースはあるが、景色が開けていることもあって、だいたいの様子は予想できそうだ。時間もちょっと心配なので、このあたりで引き返すことにした。行きに乗ったリフトの横を滑り、行きに滑ったコースの上をリフトで戻っていくような感じになる。そのまま最短距離で戻ればよかったのだが、一ヶ所だけコースが2本平行になっているところがあり、そこで色気が出てしまった。これぐらいは大丈夫だろうと思い、Bärenbadkogel IIという1,175mのリフト沿いのコースを滑り、そのリフトで戻る。これで10分ぐらいのロスだが、後から思うとこれが大きな選択ミスだった。しかしこの時点ではそんなことには気付かず、あと2本のリフトを乗り継いで3Sの乗り場へ。逆向きに谷を越え、メインエリアに戻ってきた。既に午後2時を過ぎているが、まだまだ滑っていないコースは多い。昼食を取っていないけれど、朝をしっかり食べたせいか、あるいは滑るのに夢中でそれどころではないのか、全く平気である。残された時間でできる限りのコースを滑るため、まずはさらに奥に向かうコースを降りていく。標高差477mぶん降りて戻ってきたら、今度は3Sの下にある谷へ降りるコース。ここも467mぶん滑って戻ってくると、次はSkirastという村まで降りるコースで、こちらはゴンドラとリフトで1,000m近い標高差だ。これで奥の方のエリアをほぼ滑り終え、ここからは短いコースとリフトを繰り返してハーネンカムコースの方へ戻っていくことにする。

Ehrenbach Hoehe

上の写真は、戻るコースの途中から、Ehrenbach-höheという山を見下ろしているところである。このピークから、左・奥・右奥に3本ほど滑り降りるコースがある。どれも標高差1,000m近いコースである。そして右奥というのがハーネンカムコースだ。時刻は3時45分。最終のゴンドラは4時30分。ここで私は無謀なことを考えた。左から順に3本滑ってしまおう。2本目を終えた時点で4時30分のゴンドラに間に合えば、なんとかハーネンカムまで降りられるはずだ。というわけで一番左のコースを下り、ゴンドラとリフトを乗り継いでEhrenbach-höheまで戻り、次に奥のコースを滑っていく。さすがに時間が無いので、ちょっと危ないぐらい飛ばしている。眺めの良い中斜面が延々と続く、実に楽しいコースなのだが、正直なところ味わっている余裕も無い。そうして麓のKirchbergに着いたのは、自分の時計で4時30分ちょっと前。急いでゴンドラの乗り場を探すが、建物はあるものの入口がわからない。5分ほどうろつきまわってようやくわかった。入口のシャッターは既に閉まっていたのだ。

無念。なんたる失態か。Kitzbühelに来て、これだけあちこちのコースを滑りながら、肝心のハーネンカムを滑ることができないとは。まさに画竜点睛を欠くとはこのことではないか。

とにかく駐車場まで戻らなくてはならない。距離にして3kmぐらいだろうか。シャトルバス乗り場があるので、そこで待っていたら、それらしきバスがやってきた。聞いてみたら、ハーネンカムバーンまで行くとのこと。そのまま乗り込んで、10分かそこらで無事戻ってきた。今朝と同じように、ハーネンカムバーンのゴンドラが見える。なんともせつない眺めである。

ここから街を挟んだ反対側には、同じKitzbühelスキー場の、Kitzbüheler Hornというエリアがある。標高差1,200mほどの、縦に長い魅力的なエリアである。直接滑り込むことができないこともあり、今回は最初からあきらめていたのだが、いつか再訪してみたい。そしてそのときこそ、ハーネンカムコースを滑るのだ。なんならAllstar cardを購入して、このあたりのスキー場の制覇を目指してもよい。そんなことを考えていたら、悔しさもちょっとは紛れてきた。

Road from Kitzbuehel

時刻は午後5時。あとは宿にチェックインするだけである。宿があるWagrainまでの距離は、100kmぐらいだろうか。地図を見ながら順調に走っていたつもりだったが、どうも思っているのと違う。途中で右に入るべき道を見逃してしまったようだ。外は徐々に暗くなってきて、あたふたするのも心配だ。このまま真っ直ぐいけばザルツブルグに出るのは間違いないようなので、そのまま進んでしまうことにする。小一時間で再びドイツに入る。さらにしばらく行くとアウトバーンにぶつかり、さすがにここからは道を間違えることもない。間もなく本日二度目のオーストリアに入ると、ザルツブルグ市街地方面との分岐を過ぎ、Ski Amade方面へと一気に南下する。アウトバーンを降りてからが若干心配だったが、大きく道を間違えることもなく、7時40分にWagrainの宿、Haus Holzerに到着した。あとから地図を見ると、100kmで済むはずのところを140kmぐらい走ったようだ。

ひととおり部屋の説明を受ける。宿を仕切っているおばさんは、「自分は英語が得意じゃないので」と仕切りに恐縮しているが、意思疎通には特に問題は無さそうだ。思ったより部屋は狭いし、バストイレ共同でちょっと面倒である。とはいえ1泊35€という安さで朝食も付いているのだから、十分に許容範囲内だろう。狭いながらも部屋は綺麗に片付いているし、なんとかWiFiの電波も届いている。地下にあるスキー乾燥室も立派なものだ。サウナもあるらしい。

落ち着いたので夕食を食べに外に出るが、これといって行きたい店も無く、かといってテイクアウトできるような店も見つからず、結局ガソリンスタンド併設のコンビニで、ビールとちょっとしたつまみを買ってきた。さすがに疲れたので風呂にも入らず就寝。ハーネンカムコースのことよりも、今日一日の充実した滑走のことの方が頭に浮かんできて、満足な気持ちで眠ることができた。

本日の滑走: リフト・ゴンドラ24本/総標高差9,040m

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