6. 負傷 (Schladming Dachstein)

2014/2/26

朝食の席では、同宿の人たちとの話がはずむこともある。デンマーク人のお父さんは、息子3人と一緒なのだが、息子たちはみんな学校を休ませて連れてきたらしい。私が「家族で来たかったけれども子供の学校もあるので一人で来た」という話をしたら、こんな話をしてくれた。曰く、デンマークには「教育の義務」はあっても「学校に行く義務」はないので、学校を休んでも、その間に習うことを家庭できちんと教えれば良いとのこと。実は、この前の週はいろんな国でスキー休暇として学校が休みになっており、ここスキーアマデも結構混雑していたらしいのだが、彼の家では、その間に今週学校で習う内容をきちんと自宅学習してしまい、代わりに今週はスキーに来たのだという。実に合理的だ。でも奥さんが怪我をしてしまって一緒に来られなかったという話は、ちょっと気の毒だったけれど、そんな彼らは、今日はスキーはせずにチェックアウトして、デンマークまで運転して帰るらしい。

宿のおばさんは、別のお客さんとずっとドイツ語で話をしている。内容はほとんど理解できないが、"Flying Mozart"という言葉が何度も出てくる。たぶん、Wagrainのゲレンデへの行き方とか、どこのコースが滑りやすいかとか、そんな話をしているのだろう。

さて、たっぷりの朝食で腹を満たしたら、今日も別のエリアに向けて出発である。昨日の朝は筋肉痛でかなり心配な状況だったが、一日たってすいぶん治まってきている。我ながらたいしたものである。そして今日も晴天が続いている。今日の目的地はSchladming Dachsteinというエリア。Schladmingというのはスキー場の中心となっている町の名前だが、スキー場の名前として使われることもあり、ワールドカップの開催地としてそれなりに知られている。昨日のGasteinは西の方にあったが、今日は逆に東に向かうことになる。そしてこのSchladmingというエリアは、ある意味でアルプスの東の端というような所で、山岳地帯の険しい風景が、徐々に牧歌的な雰囲気に変わってくる場所でもある。

昨日のGasteinは、スキー場の配置が多少複雑だったが、ここSchladmingは単純である。延々と広がる山地の北斜面が平地に面しているところに、西から東へと多数のスキー場がレイアウトされている。地形的には白馬に似ていて、たとえば五竜と八方と岩岳と栂池がリフトで繋がっていて、両側にちょっと離れてサンアルピナと白馬乗鞍がある、というようなイメージに近い。そんなふうに並んでいるスキー場を、端から順に滑っていこうというのが今日のプランである。

Schladming

Ski amade ウェブサイトより取得(2014)

宿から30分ほどでFageralmのスキー場に到着する。麓の村はForstauというらしい。上の図でいうと右の端である。ここは他のスキー場とは少し離れていて、相互に滑り込むことはできない。ともかく車を降りて靴を履き替え、板を持ってリフト乗り場に向かおうとしたとき、道路の上の何でもない氷で足を滑らせた。完全に油断していたので、一瞬何が起きたのかわからず、豪快な転倒である。痛い!と思ったが、突然のことでどこがどう痛いのかもわからない。通りかかった人が、「大丈夫か?」みたいな感じで声をかけてくれる。一息ついてみると、骨折だとか内臓がやられているとか、そういう類の激痛は無いようだ。なのでとりあえず「大丈夫」と返事をして立ち上がる。しかし痛い。たぶん普通の打撲の痛みだと思うのだが、結構痛い。特に右の脇腹のやや後ろあたりが痛い。どうやら転倒の瞬間にスキー板の上に落ちて、ちょうどビンディングが脇腹あたりに当たったらしい。しかし頭は全く打っていないし、変に捻ったりしたりもしていない。5分だか10分だか記憶ははっきりしないが、とにかくそうして息を整えているうちに、これは何とか滑れるんじゃないかという気がしてきた。よし、とりあえず滑ってみるぞ、とリフト乗り場に向かう。

ここFageralmは、これまでに行ったスキー場に比べると、商業化の手があまりはいっておらず、リフトも低速のペアリフトとTバーリフトばかりである。合計3本のリフトを乗り継ぐと山頂に着くのだが、それでも標高差は920mあるのだから侮れない。リフトを降りて滑り始めると、力を入れたときに脇腹が痛むものの、我慢できないほどではない。そしてゲレンデからは、平地を挟んだ向こう側に、Dachstein山塊の美しい姿が見える。怪我は気になるが快適なスキーでもある。

Fageralm

あっという間にFageralmを滑り終えると、ひとつ隣のReiteralmに移動する。移動は10分程度。ゲレンデマップを見るとわかるのだが、ここからHochwurzen、Planai、Hauser-Kaiblingと合計4つのスキー場が、互いに滑り込み可能な状態で繋がっている。数にこだわる立場としては、これを4つと数えるか1つと数えるかが気になるところなのだが、後からウェブサイトを確かめたところ、この中のHochwurzenとPlanaiだけが連結して一つのスキー場とされ、計3つのスキー場という扱いであった。HochwurzenとPlanaiの間には、下りのリフトに乗らないと移動できないところもあり、この4つのスキー場の中では、最も行き来がしにくいように見えるのだが、こういう分類になっている理由はよくわからない。

Reiteralmのゲレンデは、例えていうとΛの字の形をしているので、片側の麓からリフト2本で山頂に上がり、そこから反対側の麓に向けて滑っていく。滑り降りたところは隣のHochwurzenとの連結部であり、そこから隣のΛ字に移ってまたリフト2本で登っていく。このあたり、滑っているときは常に前方にDachstein山塊が見えており、似たような景色の似たようなコースを滑り続けているのだが、少しずつ東のスキー場に移るにつれて、少しずつ景色が変わっていくのが面白い。

Hochwurzenの反対側の麓に向かうコースを一番下まで降りれば、そのまま隣のPlanaiへ向かうゴンドラに乗ることができるのだが、これをやっているときりが無い。かなり下まで降りてきて、あとリフト1本分というところで滑るのをやめた。ここから下は、平地の連絡コースのようなところである。ここでじっくり考えた結果、駐車場まで戻るのがあまり大変になっても心配だし、前述したようにここが一番繋がりの薄い部分なので、東へ東への移動を一旦中断して、Reiteralmの駐車場に戻ることにする。帰りの移動では、HochwurzenでもReiteralmでも、さっき滑ったところの横のリフトに乗り、さっきリフトに乗ったところの横を滑り降りるという感じである。こうして昼12時過ぎにはReiteralmの駐車場に戻ってきた。脇腹の痛みは相変わらずだが、とりあえず滑り続けることはできそうだ。

Reiteralm

ここから車で東に向かう。Schladmingの街中に停めようかと思ったが、混みあっていて良い場所も見つからず、Kitzbühelの教訓も思い出しつつ考えた結果、ここは通過して隣のHauser-Kaiblingに停めることにする。ちなみに麓の町はHausというらしい。このスキー場にはゴンドラ乗り場が二つあるらしく、最初に西側のゴンドラ乗り場に向かったのだが、住宅地の奥の狭いところで駐車スペースもあまり無かったので、そのまま引き返してもう一つのゴンドラ乗り場へ。どうやらこちらがメインのベースエリアらしく、広い駐車場に車を停めてゲレンデに向かった。

ここからゴンドラとリフトを乗り継ぐと山頂のようなところに着くが、実はその奥にもう少し高いところがある。裏側に軽く滑り降りてからクワッドリフトに乗ると、降りたところがHauser-Kaiblingの最高点・標高2,015mである。同時にここは、横に並んだ6つのスキー場の最高点でもある。さすがに眺めが良いのでパノラマ写真を撮ってみた(下)。ここまで来ると、さらに東側(写真の右)にはあまり高い山はなく、視野の中に占める平地の割合が増え、いよいよアルプスもここで尽きるのかという印象が強くなる。ずっと正面に見えていたDachstein山塊も、かなり西側(写真の左)に見えるようになった。

Panorama from Hauser Kaibling

さて、ここから隣のPlanaiのスキー場に向かうが、この二つのスキー場だけは、麓ではなく山頂部で連絡するようになっている。連結部はボウル状になっていて、両側のスキー場のピークから滑り込むような感じである。そのため、このボウルの底からHauser側に戻るリフトの最終を逃さないように注意しなければならない。ともかく、まずはそこからPlanai側に登るリフトを乗り継ぎ、標高1,906mのピークにたった。

Planaiのスキー場は、レイアウトがやや複雑だ。まずは山頂から一番素直に繋がったコースを降りていったのだが、降りきったところからどうすれば良いのかが一瞬わからない。まだまだ麓まではかなりあるはずなのだが、滑っていくコースが無い。戻っていくリフトに乗るしかないのかと思ったら、前方に向かう妙なチューブのようなものを見つけた(下の写真の左)。どうやらスノーエスカレーターのようなものが設置されているらしい。これでちょっとだけ登ると、さらに前方へと下っていくコースに滑り込んでいけるようになっている。そこからは、快適な中斜面を一気に滑り降り、終盤は上級マークの付いた手応えのあるコースとなって、Schladmingの町へと降りていく(下の写真の右)。コース最終盤では、まさに町の中に滑り込んでいくような感じだが、ここはワールドカップの有名なスラロームコースにもなっており、この町の中で大勢の観客が熱狂している中へ、一気に突っ込んでいくのだろう。

Planai

滑り終えたらゴンドラに乗り、一気にPlanaiの山頂に戻る。この時点で午後3時30分。ここからリフトにもう1本乗って山頂部のボウルに戻る必要がある。その前に、滑っていないコースにちょっと寄り道をしようという誘惑に駆られたが、Kitzbühelでの失敗や、今日の怪我の具合のことなども考えて自重する。ボウルの底からHauserに戻るリフトに乗ったのは3時48分で、最終は4時だったから、寄り道をしていたらかなり危なかった。ともかく再びHauserに戻り、山頂直下の準ピークに到着すれば、あとは下まで滑って降りるだけである。

Hauser Kaibling

今日最後の1本を前にして、体調を再確認してみる。脇腹の痛みは、朝よりも明確になってきたような気がする。一方で、それ以外の不調が全く無いのは安心材料だ。単なる打撲なら放っておけばそのうち治る。そう思って最後の1本を滑り出した。ここから麓までは標高差約1,150m。出だしは初級コースだが後半は上級コースに滑り込むルートを選んだので、なかなかの滑り応えである。負傷にもかかわらず、最後の1本で今日の総標高差も10,000mを越えたはずだ。麓に降りたのが4時15分。まだゴンドラは動いているが、さすがに今日はこれで上がることにした。

Therme Amade

駐車場に戻ると、すぐ先にマクドナルドの看板が見えている。今日の夕食はここで済ませてしまうことにする。それから宿に戻るわけだが、今日はちょっと計画がある。Wagrainに戻る途中に、テルメアマデという温泉施設があるのだ。昨日はアルペンテルメに行きそびれたが、今日は水着やタオルも持ってきている。値段は15.5€とちょっと高いが、見た感じはかなり立派な建物だ。さっそく水着に着替えてまずはプールゾーンへ。ここのジャグジーはしっかりと暖かい。さらに、上の写真でもわかるように、ここのプールには本格的なウォータースライダーがある。見ての通りのコークスクリューである。普段の私なら迷わず試してみるところだが、残念ながら負傷中だ。こんなところで傷を深めて明日以降のスキーに差し支えては本末転倒だと思い、ウォータースライダーは我慢することにした。しばらくすると、ちょっと身体が冷えてきたので、隣のサウナゾーンに向かう。

実は事前にネットで見て知っていたのだけれど、オーストリアのサウナは全裸混浴である。扉を開けてサウナゾーンに入ったら、老若男女みな裸である。知ってはいてもかなり戸惑う。ともかく自分も水着を脱ぎ、サウナで暖を取る。いくつかのサウナを梯子していると、係員らしき人が入ってきて、お客さんたちがやんやの喝采を始めた。どうやらサウナ恒例の"Aufguss"というイベントが始まるらしい。石に水をかけて蒸気を発生させた後、大きなバスタオルを扇いで、お客さんひとりひとりに風を送ってくれるのだが、これが暑い。まさにサウナ満喫という感じである。こんなことを繰り返した後は、サウナエリア内にある温水プールにつかり、そのまま建物の外に繋がっている露天風呂のような感じのところに出ていったりして、たっぷりとリラックスしてテルメアマデを後にした。少しは怪我の回復に役立っただろうか?

本日の滑走: リフト・ゴンドラ24本/総標高差10,045m

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