9. 完全制覇

2014/3/1

月が変わって3月になった。もっともカレンダーとは無縁の生活をしているので、あまり実感は無い。ともかく、いよいよこの旅も最後の一日である。崩れかけた天気も結局好天に戻り、今日も眺望を楽しめそうだ。

朝食の席では、この6日間で初めて全宿泊者が同じような時間帯にやってきたため、年配の女性二人のグループと相席になった。彼女たちはミュンヘン近郊から来たそうだが、やはり今日チェックアウトして、一日このあたりで遊んで夕方に帰る予定だと言っていた。6日間ずっと同じような朝食だったが、パンにハムを挟んで食べ、シリアルも食べ、コーヒーをたっぷり飲んで満腹である。荷物はだいたい昨日のうちにまとめておいたので、すぐにチェックアウトを済ませる。ごく普通のペンションだったが、6泊もするとやはりちょっと名残り惜しい。

さて、スキーアマデの25個のスキー場のうち、まだ行っていないのは3ヶ所。そのうち2つは東の端、残る1つは西の端にある。まずは東の端のStoderzinkenを目指すことにした。Wagrainの町を出ると、しばらくして右手にFlachauのスキー場が見える。その先には、初日に間違えて行ってしまったFlachauwinklに続くアウトバーンの入口がある。テルメアマデの横を通り、Altenmarktの町を抜けてハイウェイに入る。Radstadtの町を抜けてしばらく行くと、右手にはSchladmingエリアのスキー場が次々と現れ、左手にはDachstein山塊の山肌が近づいてくる。3日前に来たところを通り過ぎ、Wagrainからの距離が50kmを過ぎたあたりでハイウェイを降りる。Gröbmingという綺麗なたたずまいの町を通り抜け、スキー場を目指して進む。

Stoderzinkenは、スキーアマデのマップの中でも、端の方に小さく書かれた目立たないスキー場である。リフトは4本で標高差は425m。そんな情報を見て、2日前に訪れたGoldeggのような、町のちょっと奥にある地味なスキー場を想像していた。ところが、Gröbmingの町を過ぎてもいっこうにスキー場は現れず、道はどんどん急峻になっていく。SportgasteinやDachsteingletscherへ行ったときの山登りの道を思い出す。しかし今回は、こんな道になるとは予期していなかっただけに、不安もひとしおである。しかも途中からはダート道である。本当にスキー場に向かっているのだろうかと心配にもなってくる。結局Gröbmingの町から30分以上かかっただろうか、ようやく道が峠に差し掛かるような雰囲気になり、スキー場が姿を見せた。後できちんと資料を調べてみたら、Gröbmingの標高776mに対し、Stoderzinkenの駐車場の標高は1,620m。納得である。

Stoderzinken

駐車場からは、雪の上をちょっと歩いたところにリフト乗り場がある。実はその歩く部分にもTバーがあって、公式データによると標高差80mもあるのだが、どうみても平らにしか見えないので歩いてしまう。そこから短いTバーに乗ると峠に達することができ、メインのコースはその反対側にある。さっそく下まで滑り、このスキー場では最も長いTバーに乗ると、ゲレンデ最高地点2,045mに到達する。昨日のDachsteingletscherは別格としても、Schladming一帯に並ぶすべてのスキー場の山頂よりも高い。そしてここからの眺めは絶景であった。

Panorama from Stoderzinken

向かって左手には、Schladming一帯のスキー場が並んでいる。一番左手は、まだ滑っていないGalsterbergalmで、今日この後訪れる予定である。その右に、3日前に行ったHauser, Planai, Hochwurzen, Reiteralmといったスキー場が並んでいる。正面にはDachstein山塊の山々がそびえる。今までずっと南側から眺めていたが、ここまで来ると東側の側面から眺めるような形になる。そのため、向かって左側(南側)の急峻な岩壁と、右側(北側)のなだらかな氷河とが、対照的な姿を示していることがよくわかる。

スキーアマデには沢山のスキー場があって、今日もここまで来る途中には、FlachauやPlanai, Hauserなどの魅力的なエリアの前を通ってきた。そういう所を素通りして、ただ数多くのスキー場を制覇するだけのために小さなスキー場まで足を伸ばすというのも、なんだか馬鹿らしいような気もするが、それでも時にはこんな素晴らしい眺望を得ることができるというのが、スキー場めぐりの醍醐味である。こんなところまでやってくる日本人が年間何人いるのかはわからないが、なんだかすごく得をした気分になった。

Gondora at Galstenbergalm

Stoderzinkenのゲレンデは全部滑っても30分程度なので、せっかく苦労して登ってきた山道を、すぐにまた戻っていくことになる。Gröbmingの町を抜けたら、ハイウェイには乗らずにそのまま進み、反対側の山にしばらく登っていったところが、次の目的地であるGalsterbergalmの駐車場である。ここには西のFageralmから沢山のスキー場が並んでいて、どこもメインの通りに面して駐車場があるのだが、ここだけは少し登ったところにある。アルプスの末端に来て、徐々に雪が少なくなってきているということだろうか。

ここには不思議なゴンドラがある。乗ったときには気付かなかったのだが、デタッチャブルではないのに乗降時にキャビンが止まっている。ちなみにキャビンは二連式である。ということは、その間はゴンドラを動かすケーブルそのものが止まっているということで、他のキャビンも停止である。乗ってみてわかったのだが、山頂駅に着くまでに、途中で2度ほどゴンドラが停止した。ということは、全部で6組12個のキャビンが、グルグルと回っているのだと思われる。

Galstenbergalm

ゴンドラを降りたら、小さなパークのようなところに入るコースがあったので、そのまま通り抜ければよいかと入ってみたが行き止まりだった。そこからTバーに乗って戻ってきて、今度は普通のコースを行ってクワッドリフト乗り場へ。このリフトで山頂まで行くことができる。リフトのすぐ横を降りてくるコースが何だか楽しそうに見えたので、まずはそこを滑る。山頂からコースを見下ろすと、その先に麓の景色が見えるが、コースが東側を向いていることもあり、これまで見てきたアルペン的な景色とは違い、山の雪もほとんど無く、全体的に穏やかで茶色い感じの眺めである。

そのあと再びクワッドリフトに乗って山頂に戻り、今度は別のコースを辿って、標高差839mを一気に麓まで滑り降りる。車に戻ったのは、午後1時を少し回った頃。さてこれからどうするかを考えなければならない。

この時点で考えていたことは二つ。一つは、スキーアマデで最後に残ったGraukogelのスキー場を滑りにいくというもの。しかし問題は、行ってみてリフトが動いていなかったらがっかりだということだ。もう一つの案は、ミュンヘンに戻るコースの途中にある別のスキー場に行って、半日券か何かを買って滑って帰ろうというものだ。昨日のうちに調べておいたのだが、ザルツブルグに戻る手前のあたりでアウトバーンを降りると、すぐ近くにWerfenwengというスキー場があるらしい。そちらの案にも惹かれたが、やはりスキーアマデ完全制覇というのも捨てがたい。そこでふと思いついた。スキーアマデの各スキー場ではWiFiが繋がるはずだ。手元にはWiFiでしかつながらない解約済iPhoneがある。念のためと思って、スキーアマデのウェブサイトにアクセスしてみる。そうしたら、昨日までは気付かなかったリフト運行状況のページを発見。そしてGraukogelのリフトは全て運行中であることを確認できた。それならやっぱり行くべきだろうということで、さっそく車を走らせる。

GalsterbergalmからGraukogelまで、Google Mapによると108kmのドライブである。栂池高原から奥志賀高原までと同じぐらいの距離である。午後1時に栂池でスキーを終えた人が「これから奥志賀に行って滑ります」と言ったら、何を考えているのかと思われそうだが、私がやろうとしているのはまさにそういうことだ。とはいえ、ほとんどが渋滞も無いハイウェイなので、距離の割りには楽なドライブだ。Altenmarktまでは今朝来た道を戻るが、そこから先は、Wagrain経由よりも時間が短縮できるハイウェイ経由の道を選び、Eben, St. Johann, Goldeggといったスキー場の近くを通り過ぎてハイウェイを降り、Gasteinertalに入っていった。さらにDofrgastein, Bad Hofgasteinと過ぎ、Bad Gasteinの町に入る。ここは4日前に道に迷いかけた場所だが、今度は慎重に細い道を入っていき、草津温泉のような旅館街の密集地帯を抜け、ついにGraukogelに到着した。ドライブが順調だったこともあり、まだ3時前である。

Graukogel

Graukogelの駐車場は、道路脇の空き地のようなひなびたところで、滑っている人も少ないようだ。それほど期待せずにまずはリフトに乗る。ここはペアリフトが2本とTバーが1本と、施設面では見劣りするものの、その2本のペアリフトで標高差928mを登ってしまうのだからたいしたものである。山頂からは、正面にGasteinertalの谷が伸びているのが見える。そして左側には、綺麗なお椀型のStubnerkogelが見える。こちら側から見ても、やはり上半分は遮るものがまったくないコースだ。

山頂からのコースは大きく2本あるが、まずは山頂から見て右側のコースを滑る。このコース沿いにTバーリフトが架かっているので、それで戻ってくれば再び山頂である。そしてそこから、今度は左側のコースに向かい、一気に山麓まで。最初は林間を縫って走るコースで、雪も締まって固めの斜面だが、途中から徐々に茶色い地面が見えるようになり、雪も水っぽくなってきた。最後はベチャベチャのところを滑って駐車場に到着。まだ4時前でリフトも動いているが、今日はこれからミュンヘンまで運転していかなければならないので、これで滑り収めである。なんだかひどく効率の悪い一日だったような気もするが、それでも標高差3,000m以上は滑ることができた。

Parking at Graukogel

スキーを脱いで靴を履き替えたら、リフト乗り場まで車でちょっとだけ移動して、リフト券を返却して保証金を返してもらう。6日間に渡るこの楽しい日々を支えてきてくれたチケットだ。これで間違いなくもう滑れなくなった。あとは本当にミュンヘンの空港に向かうだけだ。

さすがに普段着に着替えたいところだが、Graukogelの駐車場は狭すぎて通る車からも丸見えだったので、いったん車を走らせて、Bad Hofgasteinの駐車場に車を停める。この駐車場に車を停めるのは3回目ということになる。そこで着替えて、ついでに飛行機の預け入れと持ち込みの荷物を整理して、あとは本当に空港に行くだけという状態で再びドライブを始める。帰りの飛行機は午後9時40分発なので、あとちょうど5時間半。それほど余裕のあるスケジュールでも無い。

Gasteinertalを抜けてハイウェイに乗ると、そのまま途中でアウトバーンに合流してザルツブルグに向かう。順調なドライブでザルツブルグ市の南側をかすめ、そのままドイツに入る。途中で右手に見えるのは、ルートヴィッヒ2世の城で知られるChiemseeだ。その先でKitzbühel方面からの道も合流し、ここからは6日前に通った道を戻っていくことになる。このあたりで、反対車線の渋滞が激しくなってきた。土曜日の夕方ということで、ミュンヘン市民が週末を過ごしに郊外へ出かけるのだろう。あまり考えていなかったが、自分の側の車線がこれくらい混んでいたら、結構まずいことになっていたかもしれない。しかし実際にはこちらの車線は順調そのもので、やがて環状線でミュンヘン中心部を迂回し、空港が近づいてきた。レンタカーを返す前にガソリンを入れておかなければいけないのだが、ガソリンスタンドがなかなか見つからないうちに、そのまま空港に着いてしまった。しょうがないので一旦空港を通過し、市内方面に少し戻ったところでようやくガソリンスタンドを発見。満タンにしてから空港に戻って、車を返し終わった時点で午後7時だった。

レンタカー返却所から空港本館へは少し歩く。カートが見つからないので荷物を持って歩く。今日も昼食抜きでいい加減お腹が空いてきたこともあり、けっこうしんどい。しかしチェックインカウンターにはけっこう長い列ができているので、そのまま並んでしまうことにする。数十分並んだ後、荷物を預けてボーディングチケットを受け取ると、もう8時近い。ぐずぐずしているのも心配なので、そのまま出国手続きに進み、ゲートに着いたところでやっと一息ついた。とはいえ搭乗開始まで1時間も無いし、出発すればすぐに機内食が出るはずなので、そのまま出発を待つ。やがて搭乗開始のアナウンスがあり、10分遅れの9時50分に出発。機内食を食べ、あとは熟睡しているうちにドバイに到着した。

本日の滑走: リフト・ゴンドラ10本/総標高差3,192m

Dubai and Haneda

明けて3月2日の朝。ドバイ現地時刻では7時前だが、既に身体はヨーロッパ時間に慣れてしまっているので、感覚的には朝4時前ということになる。もっともこの一週間ずっと6時前には起きていたので、それほど眠い感じではない。帰りの乗り継ぎ時間は3時間で、ターミナル間の移動などもあるので、お店を見たりしているだけで過ぎてしまう。行きにATMでおろしたディルハムが少し残っていたので、お土産などの買い物で使い切ってしまった。やがて出発時刻。羽田行きの便も、さきほど乗った便と同じく10分遅れの出発だった。今度は昼のフライトなのであまり寝ることもなく、機内映画で「ダイアナ」と「真夏の方程式」を見る。「スティーブ・ジョブズ」と「謎解きはディナーの後で」もちょっとザッピングした。あとは昼寝と読書で時間をつぶし、ほぼ定刻の深夜12時頃に羽田空港に到着した。

羽田に着くのが深夜で、しかも宿泊予定のカプセルホテルに行くためには国際線ターミナルから国内線ターミナルに移動しなければならないことから、機敏な行動が求められると思ってちょっと緊張していたのだが、飛行機が遅れることもなく、預けた荷物もすぐに出てきて、入国審査の混雑もなく、荷物を送る宅配便カウンターもすぐに見つかり、そして国内線ターミナル行きの連絡バス乗り場も間違えずに見つけられた。ここまでわずか30分しかかからず、時刻は12時30分。バスは12時40分発である。深夜の第1ターミナルは、入口のシャッターが降り、いかにも夜中という雰囲気だったが、インターホンで呼び出すとカプセルホテルの人がドアを開けてくれて、一緒にいた数人がホテルにチェックインした。カプセルではあるが、空港内の施設ということで場末っぽさは全くなく、綺麗な風呂に入ってすぐに就寝。翌朝は、既に活気を帯びはじめていた第1ターミナル内で朝食を取り、モノレールで職場に向かった。

Icon of snow

これで9日間のスキー場めぐりの物語は終わりである。羽田から職場に向かう間は、休暇が終わってしまったことへの落胆は無く、不思議と爽やかな気分だった。それにしても、一週間ずっと晴天が続いたこと、にもかかわらず殆どのスキー場が滑走可能で雪質もさほど悪くなかったこと、現地のスキー休暇とうまく日程が重ならなかったことなど、驚くほどの幸運に恵まれたスキーだった。後日談としては、脇腹の痛みが気になるので整形外科に行ってみたが、やはり単なる打撲で、半月後ぐらいには痛みもなくなった。

それにしてもオーストリアはスキー大国だった。行く前には、次に長期休暇が取れることがあれば、イタリアかスイスあたりかなどと思っていたが、いやいやオーストリアにも行きたいところがまだ沢山ある。ハーネンカムコースだって滑りたい。次は5年後か10年後か、あるいは20年後かもしれないが、そのときまで、世界中のスキー場のコースマップを見ながら夢を巡らせる日々はずっと続いていく。

全日程を通じての滑走: リフト・ゴンドラ145本/総標高差58,285m

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